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point神戸日独協会文化講座『ベートーベンとその音楽』第8回。

講義テーマ:ベートーヴェンと他の作曲家との比較
講師:神戸大学特任准教授 シュテファン・トゥルンマー=フカダ氏
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神戸三宮通いも今日が最終回。今回の講義、まず机に着くなり楽譜ばっかりのプリントがばーんと置いてあってちょっと不安になり(笑)、シュテファン先生(思ってたより若くイケメンだった。余談(笑))の日本語はかなりお達者だったんだけど、専門用語が多くて頭がクラクラ、またしてもどんだけ理解できたかはわかんないけど、それでもおもしろかったです。音大の授業ってこんなんかしらとか思ったり。とりあえず、先生がモーツァルトのこともベートーヴェンのことも、現代言われてるような意味での「天才」扱いされてないところが興味深かった(笑)。それもまず先生の経歴を知っておいた方が納得が行くかも。というかわたしはなんとなく納得した(笑)。ということで以下、日独協会の紹介資料より。「ウィーン大学で音楽学、ウィーン・F.シューベルト音楽院で作曲を学ぶ。歌曲、室内楽、オーケストラ作品を含む幅広理作曲活動を行う。2003年、第14回吹田音楽コンクール作曲部門第1位、2004年、アイルランド、Arklow Music Festivel優秀賞。神戸大学特任准教授。神戸日独協会理事。」

タイトルに「他の作曲家との比較」となってるけど、たった一時間では到底足りないので主にモーツァルト、そして正しくは「旋律の比較」。まず、18世紀当時は「旋律学」というものがさかんで、モーツァルトもベートーヴェンも旋律学を学んだ上でその「天才」を発揮した。当時は、「天才こそが規則を守れる人」という考え方だったんだけど、19世紀になって「天才には規則がない」という考え方に変わり、旋律学を学ばなくなったんだそう。だから、現在のモーツァルト像、ベートーヴェン像は19世紀のそういう価値観に沿ったもので、例えばモーツァルトが1週間で書いたとされる曲でも本当はそれ以前から細かく下書きされたスケッチが残っているし、旋律学を学んでそれに沿った上で作曲されているとのことでした。

そんでもって、「旋律」とはなんぞやと。先生によると、旋律とは時代によって変わるものなのだそうです。例えばモーツァルトの時代のそれは、2~4小節からなる旋律。例としてアリアの"Torna di Tito a lato"を用いて説明してくれました。多分こないだの永井先生の講義とも重なるところがあるんだろうけど、建物に例えると、一つの旋律を枠組みとしてそれの間に窓やなんかの装飾を加えて行く。その装飾は、間に入れるのがParenthese、後ろに入れるのがEndvariation。言語から来てる規則で、例えば一つの文章、先生の例はドイツ語だったので忘れたけどwikiのParentheseの例では'Karl was not a good dancer.'にパランテーゼを加えて、'Karl, a great singer, was not a good dancer.'として文章を長くして行くような感じ。 ついでに、例えば一つの文章を声に出した時の音程の高低は、こないだも教えてもらった、和音の流れでつくる安定・緊張の関係とか終止形の話に置き換えられる。って、こんな書き方でわかるんかな?というより、この理解で正しいのか?まあいいや。間違ってたらすいません、先生(笑)。

対して、モーツァルトの死後の時代、ベートーヴェンが使った旋律は、旋律とは言えないような細胞のようなもの。例えば彼が唯一書いたオペラ『フィデリオ』の中の"Gott! Welch Dunkel hier!"では、3つの音だけを枠組みに作曲されている。(第5交響曲の「たたたたーん」もそうですよね?)モーツァルトのようなやり方だとたくさん曲が書けるのは当然で、ベートーヴェンのような極端に短い「細胞が全て」みたいな作曲の仕方は非常に時間がかかり、数学者のような能力が要求されるので、交響曲全9曲というのもむべなるかな、ということだそうな。だけどどっちが優れているとかいうのはなく、そういう音楽はモーツァルトの時代では考えられない、というだけ。

とまあ、そういう感じで、旋律と和音の関係で音楽というものは作られていきます。そしてともかくそういうものは、計算して意識的に使われているのであって、偶然できるものでないんだとのこと。

しかしベートーヴェンに関しては、旋律の勉強をした後の1802年から上手くはなっているけど、計算で作られたものではなく旋律学上では時々何をやっているかわからない小品が30%ほどあるんだそうな(笑)。それを証拠に(?)、音楽理論家でありベートーヴェンの友人でもあるアントン・ライヒャがフランスで出した旋律学の教本には、ベートーヴェンの例が一つも入ってなかったそうです。ちなみに、ベートーヴェンの弟子のカール・ツェルニーが後年それをドイツ語版にした時にはいくつか加えられたとのこと。う~ん、おもしろい(笑)。

ベートーヴェンの歌曲は、まずピアノありきで歌手の事を考えておらず、『フィデリオ』の中でも、いきなり歌うには無理なアクセント記号から始まるような、数少ないベテランの人しか歌えないようなものが多くて、ベートーヴェンだからOKだったものの、他の無名な作曲家のものならすぐ却下!となっていたでしょうと。しかし『フィデリオ』の最終的な完成には10年以上もかかっていて、人にも厳しいけど自分にも厳しい人だったんですね、というのが先生の結論(笑)。もうひとつ楽譜をもらったのがop.94の歌曲『希望に寄せて』なんだけど、これもピアノと歌の部分が合ってないんだそうな。ふ~む。まあそういうわけで、ベートーヴェンの歌曲はあまり歌われる機会がないんだとのことでした。

ちなみにビデオで見せてもらった『フィデリオ』のフロレスタンは、オペラの歌手と言えば恰幅のいいおじさん、というわたしのイメージを覆すような若くてハンサムな方で、これなら見てみたいなと思った(笑)。なんで「恰幅のいいおじさん」が多いかというと、それくらい経験を積まないと歌えないからだそうで、先生によるとこのテノール(ヨハネス・カウフマンさん)は若いけどよくやってるとのこと。後で調べたら彼が出てるのはアーノンクールさん指揮のでした。さらにちなみに今、小澤征爾さん指揮+ウィーン国立歌劇場でやってますねぇ。チケット恐ろしく高いけど。

う~ん、それにしてもやっぱり音楽って数学的。めちゃくちゃ苦手な分野だ(笑)。だけど概要だけでも教えてもらうのはホント面白い。そんなこと全然知らなくてももちろん楽しいんだけど。(そんでもって、教えてもらってもすぐ忘れてしまうんだけど。そのためにここに必死で書き留めてる(笑)。)天才の定義の違いとかも目からウロコでしたな。まあどっちにしても、モーツァルトやベートーヴェンが天才であるということには変わりはないんだけど(笑)。旋律学さえしっかり学んでいれば素晴らしいものができる、なんてものじゃ、もちろんないだろうし。だけど、才能があっても「天才は一日にして成らず」と言うことなんでしょうね。ベートーヴェンもたしか日記に「毎朝5時に起きて朝食まで勉強する」とか書いてたもんな~。

いや~全8回の講義、とっても有意義でした。でももっといろいろ知りたいのにこれで終わりで残念。だって、いろんなこと知れば知るほど「やっぱりベートーヴェン好きやわぁ。」って思ってしまうもんね(笑)。またどこかでやってたら行きたい。とりあえず、神戸日独協会さん貴重な機会をありがとうございました。あ、ここまでの長文読んでくださった方もお疲れ様でした(笑)。

2008/10/26(日)14:05 | Music | トラックバック(0) | コメント(0)

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